離島にプチ移住!小笠原1ヶ月滞在生活(後編)

小笠原

日本一遠い島と呼ばれる小笠原諸島に滞在しようと決めたのは、「人と違う経験をしてみたい」という好奇心からでした。仕事を辞めて思い切って船に乗り、小笠原に1ヶ月間滞在した滞在記をまとめました。こちらは後編です!

【離島にプチ移住してみた!小笠原1ヶ月滞在生活(前編)】はこちら!

この記事はこんな人におすすめ

・小笠原がどんな島か気になる
・小笠原に行ってみたい
・離島移住に興味がある
・リゾートバイトに興味がある

小笠原では住み込みのリゾートバイトで滞在

小笠原では1ヶ月間、《小笠原ユースホステル》さんで住み込みのお手伝いをさせてもらいながら滞在しました!

ゲストハウスなどのお手伝いのことを一般的に「ヘルパー」と呼びます。

お仕事は炊事・洗濯・掃除・お客さんとのコミュニケーション

ヘルパーの仕事は朝が早いです。ゲスト(ユースホステルではホステラーと呼びます。ここでは分かりやすくゲストと言っていきます)の朝食が7:30だったので朝6:00から朝食の準備がスタート。朝がとても苦手なのでキツかったですが、強制的に1日をスタートさせることができるので時間を有効に使えてよかったと思います。
ここでは長くなるので詳しくは書きませんが、朝食・夕食作りの手伝い、掃除洗濯が主な仕事。食事はゲストと一緒に食べます。ヘルパーとはいえ私も小笠原に着いたばかりの人間。ゲストの方々と情報交換をしたり、「明日一緒に行きましょうか!」と誘い合ったりして過ごす時間はとても楽しいものでした。

小笠原ユースホステルでの食事の様子。出港日前日はパーティーです。

リゾートバイト滞在を選んだ理由

リゾートバイトをしようと思った理由は2つ
1、滞在費の節約
2、ただの観光で1ヶ月は絶対持て余すだろうなと思った

ヘルパーは宿泊費と食費がかかりません(当時の場合)。その代わりに宿のお仕事をしっかりとやります。1ヶ月間普通に宿泊費と食費がかかれば結構な出費になります。それを純粋に抑えたいという理由もありましたが、1ヶ月間完全に自由だと絶対に時間を持て余すと思ったからです。それはそれでいいのですが、ある程度生活のペースを保ちたくてリゾートバイトをしながらすることに決めました。

「何もしない」幸せ

ヘルパーには1日数時間の自由時間があります。私はバイクで島中を駆け巡っていましたが、たまにビーチでボーッとすることもありました。遠く離れたビーチまで歩いて行って、誰もいないその場所で2時間くらいお昼寝をしたこともあります。電波もほぼ入らない場所も結構あったので、そういう場所では誰にも邪魔されることないくとりあえず海を眺めて過ごしたりもしました。

波の音、木の葉のささやき、鳥のさえずりと、普段都会で過ごしている時には絶対に聞こえない音を楽しみ、自分が今自然の中にいることを幸せに感じていました。

父島・宮之浜海岸

母島遠征!

小笠原に滞在中、母島も訪れました。残念ながらヘルパーのお仕事との兼ね合いで宿泊はできませんでしたが、日帰りでもたっぷり堪能できた母島のことをお伝えします!

ここが本当の「一番遠い島」

小笠原諸島・母島は、父島からさらに50km南下したところにある離島です。父島から週に3便程度運航しているははじま丸に乗船して2時間で到着です。
よく小笠原のことを「日本で一番遠い島」などと言いますが、それは父島ではなく実際には母島のことだよなと思います。どうしても注目されるのは父島ですが。

ははじま丸。毎日は運航していません!
母島・沖港にあるクジラのモニュメント

母島の滞在時間はたった4時間半!

ははじま丸が母島に着くのが9:30。母島を出発するのが14:00。つまり滞在時間は4時間半しかありません。数日前から母島をどう過ごすかを考え、絞られた選択肢は3つ。

1、乳房山に登る
2、レンタバイクを借りる
3、ガイドさんを手配する

1を選ぶと所要時間的にギリギリ。他の場所は回れません。2にしようと思いましたが、母島のレンタバイクは危険(古いから)という噂を聞いて怖くなる(父島で初めて原付バイクに乗れるようになった私です)。
それでも2で行くつもりだったのですが、前日の夕方に急遽3にすることに決めました。それは宿に泊まっていたお客さんからの評判を聞いたからです。結果的にこれが大正解となります。

大満足の日帰り母島。ガイドさんに感謝

ガイドさんは《母島観光協会》さんに連絡をすれば紹介してもらえます。電話したのが前日の夕方、営業終了時刻ギリギリだったので申し訳なかったですが、すぐにガイドさんを手配していただくことができました。

翌朝、ははじま丸が母島の沖港に着くとガイドさんが待ってくれていました。私がお願いしたのは陸の半日コース。とりあえず時間が許すかぎり、一つ一つの滞在時間は短くてもいいので数多くのスポットを回りたいという要望をお伝えし、車で案内してもらいました。

母島は現在は集落は1つですが、戦前までは2つあったこと。その元集落に残された小学校や港の跡、今は森でしかない場所にかつては数々の民家が建っていたこと。壊された民家は戦時中の資材として使われたこと。小笠原は戦前戦後で大きく変わり、小笠原の歴史は戦争の話無くしては語れません。

かつてはここにも集落があった北港の桟橋

頓挫した東港開発の話、東京都管轄の道路とそうではない道路の見分け方や、外来種から在来種を守るための取り組み、メグロの声の聞き分け方など、一つ一つの話がとても興味深く、車で行ける範囲の端から端まで案内していただきましたが、3時間が本当に一瞬でした。

北村小学校跡。今は森。
都道最南端

自分だけでは見落としてしまうような動植物にも、一つ一つに歴史があり物語があることを教えてもらいました。一人でレンタバイクで行動する、という選択肢を取らなくてよかったと思います。きっとなんとなく島の雰囲気を感じただけで、なんの思い入れもない島になっていたことでしょう。

母島のことはまた別で書ければと思いますが、優しくて知識の深いガイドさんのおかげでとても充実した1日となりました。

鮫ヶ崎展望台から沖港方面の眺め

※2023年現在、母島観光協会でのガイド紹介は行っていないようです。

島民向け・島内イベントにも参加!

おがさわら丸出港中は少し静かになる小笠原。その期間は島民タイムです。長く滞在したからこそ経験できたことがありました。

南島外来植物除去ボランティア

小笠原の代表的な観光名所・南島世界遺産の無人島です。この島の外来植物除去ボランティアに参加しました。町内の掲示板はその地域のコアな話が分かるからおもしろくてよく見るのですが、そこにチラシが貼ってあったのを発見。当初は定員いっぱいでしたがその後、枠を広げてくれて運良く参加できました。

世界遺産の無人島・南島
外来種の見分け方の説明を受け、1時間ほどの草抜き活動をしました

初めての南島。数日前にツアーでアタックしたときは天候悪く上陸できなかった経緯があったので、上陸できてうれしかったです。このボランティアでは役場の方や環境省の職員の方から外来植物の説明を受け、草抜きをしていきます。草抜き以外の時間は、生態系の維持にこの南島の存在が果たす大きな役割などのお話をいただき、とても学びが多かったです。参加者の中に観光客はほぼおらず、島の方々とたくさんお話もできました。

陰陽池のところで生態系のお話をいただきました

産業祭「ぼにんばざーる」

小笠原は年間を通してたくさんのお祭りがあります。滞在中には小笠原村産業祭「ぼにんばざーる」が開催されました。産業祭は毎年開催されているもので、小笠原の名産物や食材を使った料理、工芸品やグッズの販売、伝統芸能のステージなど、小笠原の産業や文化を身近に楽しめるお祭りです。メカジキの解体ショーなど小笠原ならではのパフォーマンスもありました。お祭りの直前には可愛いアオウミガメの放流会もありました。
大神山公園に島中の人が集まって、とてもにぎやかな夜。ヘルパー仲間や島でできたお友達、ゲストの方々などいろんな人と楽しい時間を過ごしました。

メカジキの解体ショー
太鼓ありダンスありのステージ
小笠原村観光局 公式キャラクターの”おがじろう”も登場

忘れられない出会いがたくさん

おがさわら丸のお迎えとお見送りで顔見知りに

6日に一度のおがさわら丸の入港日。入港時間の11:00には宿やマリンショップのスタッフがお迎えに二見港に集まります。なんとなく各お店の居場所や担当スタッフも決まっていて、6日一度の顔合わせみたいな時間でもありました。一緒に遊んだりすることはなくても、だんだん顔見知りになっていきます。いつも隣でお迎え待ちしている女の子とおしゃべりする時間が楽しかったです。お見送りもしかり。

6日に一度のおがさわら丸入港日  

お店の人ともお友達に

小笠原は短期移住の人がとても多いですだから1ヶ月、2ヶ月単位のアルバイトもよく募集しています。飲食店やバーでお話した店員さんも実は小笠原にきたばかりとか、実は私と同じ便で小笠原にやってきたというような人もいて話が盛り上がるというような経験が何度かありました。お店の人とお客さん、といった硬い感じではないので普通に友達になれました。お互いに小笠原を離れた後でもSNSでは繋がっていたりします。旅好き、海好きの友人がたくさんできたことも小笠原で得られたことの一つです。

宿に泊まってくれたお客さん

ヘルパーとはいえ、私も小笠原に来たばかりの観光客です。だから宿に泊まってくれたゲストの方とほぼ同じ状況。昨日行ったばかりの絶景ポイントを教えてあげたり、逆に教えてもらったり。翌日の行動を、一緒に地図を見て決めたり。それぞれが小笠原で得た経験や知ったことをシェアするのはとても楽しかったです。《小笠原ユースホステル》にはみんなが集まれる広間があるので、ゲストも私も部屋にこもることなく空いた時間はそこにいました。

小笠原は最低でも3泊必要です。1泊や2泊ではそこまで仲良くなることはないと思いますが、3泊あれば顔も名前も覚えます。2週間3週間と長期滞在される方も多かったのでゲストの方々とも仲良くなれました。仲良くなってしまうほど別れがつらいものですが、ここでの出会いも私の中で大切なものです。

滞在中には50名以上のゲストの方に出会いました

インスタで毎日発信→出会いのきっかけにも

私は小笠原滞在中は毎日インスタ投稿をすることにしていました。滞在中には私の投稿を見てくれていた島民の方とも出会うことができて、話のきっかけにもなりました。毎日投稿していたので、それを見守ってくれていた遠く離れた小笠原ファンの方に数ヶ月後、内地の小笠原関係のイベントで出会えたりということもありました。
「この投稿を見て小笠原に行こうと決めました」と連絡をくれた方もいました。毎日投稿することで鮮明な記憶の状態での記録にもなっていたため、自分としても良かったと思います。「#小笠原1ヶ月滞在生活」のタグを付けて投稿しているのでぜひ見てください。

予定になかった5月到来!ギリギリまで遊び尽くす

名残惜しくて一便延長しました

当初、私の父島出港日は4月28日でした。ですが、気付いたら一便延長していました。少しでも長く小笠原にいたいと思ってしまったからです。さすがにそれ以上の延長は次の仕事が待っていたのでできませんでしたが、おそらく5月からの就職先が決まっていなければ、私はそのまま小笠原に居座っていたと思います。それだけ小笠原を好きになってしまい、言葉には言い表せないほど惹かれてしまったのです。島で出会ったお友達と一緒にパーティーをしながら、私は小笠原で令和を迎えました。

空いた時間はひたすら絶景ポイント巡り

小笠原ではバイクがあると便利

「通っていない道がないような状態にする」が私の島旅のモットー。小笠原では1時間空き時間があれば借りたバイクでとりあえず外出していました。父島の集落を抜けて海沿いの道路を走るのはとても気持ちが良いです。途中でヤギに出会ったりすると驚きますが、小笠原の地形や自然を身体に感じることができます。
展望台や海岸入口など駐車場があるところもありますが駐車できる数が限られていたり、駐車場がない場所もたくさんあるので、可能ならバイクで移動することをおすすめします。

山を上る道路

小笠原には自然環境保護のため勝手に入ってはいけない場所がたくさんあります。自分だけで行ける場所はあらかた訪れた自信がありますが、次に行く時はガイドさんをお願いして未踏の地を踏みしめたいと思います。

母島の石門入り口。ここもガイド同行出ないと進入禁止です。

輝く海!思い立ったら海遊びができる環境

小笠原には絶景ポイントがたくさんあります。その中の一つ「旭山南峰」を訪れた時、私は眼下に広がる海の美しさに感動しました。過去1だった気がします。「これは海に入らなければ」といてもたってもいられず、急いで宿に戻り水着を取り、海に走りました。
高台から見た海はキラキラ輝いていて、海の中は透き通っていました。沈船がある「境浦海岸」で遊びましたが、その沈船は魚礁になっていて魚も群れています。その日の予定に海遊びはありませんでしたが、思いつきで遊びに行って正解でした。小笠原を離れる前日のことでした。

境浦海岸にて。沖には沈船も。

涙のお別れの日

小笠原のお見送りは感動的です。

何度も見送ったおがさわら丸。自分が乗る番に

6日に一度のお見送り、ついに私が乗る番になってしまいました。港には名前を知らずとも何度も会った人の顔もあり、「今日出るんです」と最後の挨拶。島でできたお友達も見送りに来てくれ、後ろ髪を引かれまくりながら泣く泣くおがさわら丸に乗り込みました。デッキから港に向かって手を振りながらの出港。どんどん離れていく港が寂しくて、涙が止まりませんでした。島を離れるときに涙したのは初めてで、ちょっと長期で滞在したから、という単純な理由だけじゃなさそうな気がします。

レイがかけられた二見港のクジラ。小笠原にはレイの言い伝えがあります。
名残惜しいお別れ

おがさわら丸から見る見送り船

小笠原は見送りが名物と言われるゆえんはこれです。

おがさわら丸と並走してくれる船

ダイビング船やツアー船が、おがさわら丸としばらく並走してくれるのです。
いってらっしゃーい!」と船からはっきり聞こえる声。
いってきまーす!」と返す乗客。

おがさわら丸に乗る数百人それぞれが、島と島で出会った人と最後のお別れを交わすこの時間は、筆舌に尽くしがたい感動のひとときです。

撮影:ヘルパー同期

「さよなら」が似合わない島。別れはいつも「いってきます!」

小笠原では「さよなら」を言いません。島を離れる人を「いってらっしゃい」とお見送りし、「いってきます」と島を離れます。
必ずまた会える、そんな意味を込めたこの挨拶は小笠原の素敵な文化です。だからまた、「おかえり」といってもらえる温かいこの島に戻ってきたくなるのです。気付いたら半年後に再び小笠原にいるなんて、その時は想像すらしていませんでした。(1航海だけでしたが)

美しい自然に囲まれた父島

小笠原1ヶ月滞在にかかった費用

最後に、1ヶ月間小笠原に滞在してかかった費用を公開したいと思います!

⚫︎交通費
おがさわら丸乗船券(往復):44,780円
ははじま丸乗船券(往復):9,080円
日程変更手数料:1,500円くらい

⚫︎観光、アクティビティ
母島ガイド料:5,000円
ダイビング:18,000円くらい
ドルフィンスイム&シュノーケルツアー:10,000円弱
ホエールウオッチング&南島上陸ツアー:10,000円くらい

⚫︎その他
飲み会、外食、おやつなど:10,000円くらい
お土産:10,000円くらい
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合計:約120,000円

ざっくりですがこんな感じ。
宿泊費と日常的な食費がかからなかったことが大きく、1ヶ月滞在してたっぷり遊んでも12万円ほどで済みました。参考になればと思います。

非常に長くなりましたが、私の小笠原1ヶ月滞在生活の記録でした。おすすめの絶景ポイントや母島のこと、海遊びのことなど、さらにクローズアップしたいことはまた別記事でご紹介するつもりです。

小笠原は最も好きな離島の一つになりました!ありがとうございました。

【離島にプチ移住してみた!小笠原1ヶ月滞在生活(前編)】はこちら!

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